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​静岡商工会議所 Sing 今月のコラム

​Sing2025年3月号

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「2024年の世界経済の回顧と
          25年の見通しの留意点」

株式会社大和総研

金融調査部

主席研究員

内野 逸勢 

 2024年は、世界経済が23年まで続いた"荒波"をようやく乗り越えた年であった。ここでの"荒波"とは、パンデミック後のサプライチェーンの混乱から始まり、ウクライナでの戦争による世界的なエネルギー・食料危機、インフレ率の急上昇、それに続き世界各国で同時進行した金融引き締めなどである。国際通貨基金(IMF)によると、24年の世界経済は"荒波"が消え、「非常にレジリエント(回復力がある状態)であり、インフレ率が目標水準に回帰していく中、成長率は安定的に推移している」(24年4月「世界経済見通し」)という。24年10月「世界経済見通し」でも、総じて世界のインフレ率が低下する(世界の総合物価上昇率の年間平均値は23年の6.7%から24年は5.8%に低下する)ため、世界経済の成長率は「安定的に推移」するとしており、24年と25年はともに、3.2%の成長率になると予想した。
 国・地域別に主要地域の24 年の景気動向を実質GDP成長率(前期比年率)で振り返ると、米国は金融引き締めの効果により、年初1~3月期に前期比年率2%を割り込んで減速したが、4~6月期以降は3%程度の拡大となった。夏に雇用統計の悪化を受けて景気後退懸念が強まったものの、その後の経済指標の結果から米国景気の堅調さが確認され、金融市場が落ち着きを取り戻したことなどが背景にある。
 欧州(ユーロ圏)は23年の停滞(ゼロ成長)を脱し、2%近い成長率まで持ち直してきている。欧州中央銀行(ECB)はインフレの減速を受けて利下げを開始し、欧州域内の経済を下支えしたことが一因に挙げられる。日本経済に目を向けると、自然災害や自動車の工場稼働停止、実質賃金の回復の遅れなどもあって停滞感が強かった。
 24 年の日本の実質GDP成長率は▲0.1%と、ドイツの▲0.2%に次ぐ、主要7カ国の中で2番目に低い成長率になる見込みだ。この背景の一つとして、訪日外客数は増加したものの、中国の景気減速などを背景に中国人訪日客数が伸び悩んだことがある。他方、賃金・物価上昇の持続性が高まったことを受け、日本銀行は利上げを実施するなど金融政策の正常化が進んだ。
 中国の24 年の実質GDP成長率は、政府成長率目標(5.0%前後)を達成した。不動産不況が継続したこともあって経済は減速したが、大規模な景気てこ入れ策で成長率が押し上げられた。
 大和総研の25年の世界経済見通し[注1]では、日本1.6%、米国2.3%、ユーロ圏1.3%、英国1.4%、中国4.5%となっているが、これを阻害し得る最大の懸念は、トランプ大統領の政策であろう。まず、自由貿易体制は同盟国間であっても容易に形骸化し、仮に関税引き上げが実施されれば、各国間での保護主義政策の応酬に発展する恐れがある。次に、世界の企業行動にも影響する供給体制の構築については、自国優先や経済安全保障優先への対応が一層強まる可能性がある。三つ目、財政政策については、24年の各国選挙で与党が軒並み苦戦したように、国民の生活不安や不満が高まっており、新政権にはその対処が求められるが、財政不安や過度の金利上昇が懸念される。最後に金融政策では、日米欧中の四極間での金融政策のスタンスの差は当面広がっていくと見られ、まちまちな金融政策の方向性は、状況次第でマーケットの大きな変動をもたらし得るだろう。
 25年の世界経済は、昨年消えたはずの"荒波"が復活し、各国の経済が目指す正常化(ポストインフレ)に至るか、不確実性が高まる懸念がある。望ましくないインフレ再燃の芽は多く、そのレジリエンスが試される年となろう。

​Sing2025年2月号

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「なぜ日本の少子化対策は十分ではなかったのか」

株式会社大和総研

金融調査部

主席研究員

内野 逸勢 

 急速な少子高齢化により、人口減少が中長期的に着実に進展することが見込まれている。直近2023年の国立社会保障・人口問題研究所の推計[注1]では、約30年後の2056年に総人口が1億人を下回り、2065年に9159万人となる。特に、少子化が人口減少に与える影響は大きい。1989年の合計特殊出生率(以下出生率)[注2]が、それまでの最低を更新したいわゆる「1.57ショック」(90年)以降、政府はさまざまな少子化対策を実施してきたが、出生率の低下には歯止めがかかっていない。地域格差も拡大している。現政権も少子化対策を前面に打ち出している。
 少子化の現状について、直近の厚生労働省の統計[注3]で確認する。75年に出生率が2.0を下回り始めてから低下傾向となり、2005年に1.26と底を打ち、14年頃までは緩やかな上昇を示していた。しかし、それ以降は再び低下し、23年には1.20となり過去最低を記録した。出生数でも、23年は過去最低の72.7万人となり、70万人割れが目前となっている。過去の推移を見れば、第二次ベビーブームが終わった1974年以降低下傾向をたどり、2016年に97.7万人と、100万人を割ってから7年連続で減少し、16年から23年までトータルで25万人減少した。
 それにもかかわらず、総人口は、出生率および出生数が低下し始めた1974年から、総人口のピークを迎え1億2808万人となった2008年まで、30年以上にわたり増加が続いた。これは「当時は『正の人口モメンタム』と言われる出産期の女性が多い人口構造であったことから,人口は増加し続けた」[注4]とされている。しかし、現在の状況はこれとは逆で「出産期の女性が少ない『負の人口モメンタム』が生じているため,出生率の回復にかかわらず人口が中期的には減少する」[注5]とされている。なぜ、「負の人口モメンタム」が生まれたのか。確かに、この30年、政府は少子化対策をしてこなかったわけではないが、依然、中期的に人口は減少することが推計されており、対策は十分ではなかったといえる。
 なぜ対策は十分ではなかったのであろう。それに関して、出生数において気になるデータがある。前述の厚生労働省の統計で15年以前の出生数の推移を見ると、いわゆるバブル経済がはじける前の1989年の124.6万人から2015年までの26年間で24万人減少した。これは16年から23年の減少スピードの約4分の1の遅さである。一方、1989年以前の減少スピードは速く、例えば、83年から89年の6年間で出生数は150.8万人から124.6万人に26万人減少した。それ以前でも74年の202.9万人から77年の175.5万人と、3年間で27万人減少した。団塊ジュニア世代が出産適齢期であったことを考慮しても、出生数が26年かけて24万人減少した89年から2015年は特異な期間に見えてくる。
 この期間において結婚適齢期を迎えている世代はさまざまな呼称が付き、ある意味、世代が多様化していった時期といえる。しらけ世代(1955年前後に生まれた世代)、新人類(60年頃生まれ)、バブル世代(65~70年頃生まれ)、団塊ジュニア世代(70~74年頃生まれ)、ゆとり世代(87~2004年頃生まれ)[注6]などが挙げられる。また、バブル経済崩壊後の失われた30年といわれる経済・社会基盤が不安定化した時期でもある。各世代は価値観が多様化したものの、同時に基盤が不安定であったことから、世代の価値観に対する迷いが深まったことが考えられる。これらが出生数、出生率の低下が長期間にわたり続いた要因ではなかろうか。
 その一方、「団塊の世代」(1947~49年頃生まれ)では社会・経済基盤は不安定であったが、高度成長期であり、「一億総中流」[注7]など画一的な価値観の醸成がなされていったと考えられよう。ちなみに、この団塊の世代という名称は、堺屋太一著の小説『団塊の世代』に由来する。ここでの「団塊」とは、出生数のボリュームが相対的に多く、人口ピラミッドの中で丸みを帯びて突出した塊になっているという特徴を表している。これに対して、前記の26年間は、世代の"命名"の通り、価値観が多様化し、各世代のボリュームは小さいが、異なる特性を持つ塊であったと考えられる。この間、政治家の間では、地域格差、所得格差などへのさまざまな予防的対策が声高に唱えられていたものの、異なる特性への対策ではなく、画一的な規制撤廃、現金給付など人気取りの政策が目立った。それよりも、この本質的な多様化する世代の価値観に対し、網羅的かつ効果的に寄り添うことを優先すべきではなかったか。それを踏まえて、冷静かつ客観的に少子化対策を検討し、これからの世代が自発的にコミットできるような対策を講じることが必要であろう。

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「地方創生を左右する地域コミュニティの強化」

​Sing2024年12月号

株式会社大和総研

金融調査部

主席研究員

内野 逸勢 

 10月1日に誕生した石破政権は、これまでの政権以上に地方創生、地域経済活性化を政策の柱としている。「地方創生2.0」と銘打ち、「新しい地方経済・生活環境創生本部」を創設し、担当大臣の下で今後10年間の集中的な総合対策を講じる考えだ。振り返れば、これまでの政権においても、同分野の政策は重要視されてきた。しかし、とりわけ、東京一極集中の是正と地方自治体の持続可能性の維持・向上という課題に対して、期待するような成果が上がってきたとは思えない部分が多々ある。しかし、ここは批判するよりも、国民一人一人が自分自身の身近な問題と捉えて、地方創生、地域経済活性化にどのような政策が必要であるか改めて考える良い機会としてはどうだろうか。
 この点において、筆者は非常に"良い機会"を与えられている。それは、現在、静岡県袋井市の「第3次袋井市総合計画」(計画期間は2026年度~35年度の10年間)策定のための審議会委員[注1]を務めているからである。15年度に策定され25年度に期間満了を迎える現第2次計画は「活力と創造で 未来を先取る 日本一健康文化都市」をまちの将来像に掲げて進められている。
 同市によれば、総合計画とは「市と市民が目指すべきまちの将来像を共有し、その実現に向けて計画的に行政運営を行っていくための基本的な考え方や目標を定めた市の最上位の計画」としている。加えて同市は、新たな総合計画の策定のために、21の政策分野を掲げている。具体的には、「農業環境」「都市計画景観」「子育て支援」「教育」「健康長寿」「地域医療」「地域福祉」「スポーツ」「金融経済」「女性活躍」「地域産業・ローカルメディア」「農業」「観光」「危機管理・広域行政」「土木防災」「地域防災」「地域コミュニティ」「国際交流・多文化共生」「デジタル」「移住」「若者・Uターン・文化芸術」である。これらの分野の専門家が審議会委員(筆者の担当は金融経済)として1年程度かけて政策議論を重ねていく。6月からすでに4回の審議会が開催された。その中では、各委員が現総合計画の強み、弱み、機会、脅威を具体的に指摘しながら(いわゆるSWOT分析)、新たな総合計画の策定に向けて活発な議論がなされている。
 これら政策議論において、筆者が最も重要と認識している政策分野は地域コミュニティである。地域コミュニティの専門家は、同市の自治会連合会の会長。つまり、最も身近に地域の課題に直面している自治会という地方自治の最小単位の"首長"である。地方自治体の持続可能性の維持・向上を図る上で、自治会の運営の強化は非常に重要といえよう。つまり、総合計画の定義の中にあるように「市と市民が目指すべきまちの将来像を共有」することにつながる"1丁目1番地"に位置する政策課題と認識している。
 これまでの政権の地方創生、地域経済活性化の政策における全体像や大きな範囲を対象として考えるマクロな視点も重要ではあるが、それらをより個別具体的にミクロな視点での解決策につなげる必要があろう。市民一人一人が、マクロ、ミクロの両方の視点からバランスよく政策課題を意識して、積極的に政策課題を共有し、解決に向けた行動を取る環境づくりをすることが重要である。地域コミュニティの軸である自治会の持続可能性を向上させ、地方自治体の基盤を強化できるかが、石破政権の掲げる地方創生の成否を左右するのではないか。

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『貯蓄から投資へ』の"定着"のために

​Sing2024年11月号

株式会社大和総研

金融調査部

主席研究員

内野 逸勢 

 日本銀行が2024年9月19日に公表した「2024年第2四半期の資金循環(速報)」によれば、同年6月末の家計の金融資産の残高は前年比4.6%増の2212兆円と、過去最高を更新した。19年12月末に1887兆円で過去最高となり、21年12月末には2000兆円を超え2042兆円となった後、総じて増加傾向にある。同資金循環統計では家計の金融資産残高は現金・預金、債務証券、株式等・投資信託受益証券、保険・年金・定型保証、対外証券投資で構成されている。この中で現金・預金は安定して増え続け、常に5割以上を維持しており、24年6月末でも1127兆円と金融資産全体の51.0%を占めている。
 「貯蓄から投資へ」の流れを見る上で重要な指標である株式等・投資信託受益証券の残高は、23年半ばぐらいから増加基調となり、最近の株式相場の乱高下にもかかわらず、増加率は高い水準を維持している。23年6月末から24年6月末の5四半期平均の前年比増加率は、株式等が24.3%、投資信託受益証券が23.1%となった。しかし、この両者が金融資産全体に占める割合はおのおの13.6%、5.8%であり、米国の株式等40.5%、投資信託12.8%(24年3月末の連邦準備制度理事会(FRB)の公表数値)と比べると、見劣りする。ちなみに米国の現金・預金の同比率は11.7%であった。
 日本では、「貯蓄から投資へ」の流れをつくることの重要性が頻繁に挙げられている。大和総研「日本経済中期予測」(24年)によれば、確かに1988年、89年には金融資産に占める株・出資金の割合がおのおの20.4%、20.7%と20%を超えたことがあるが、それ以降はボトムが2002年の5.4%、ピークは05年の12.7%であった。もっとも、この比率が将来20%を超えても、それが一時的では意味がない。20%以上の高い水準で安定させることが重要であろう。
 この意味で、米国では「貯蓄から投資へ」の"流れ"よりもその"定着"に焦点が当てられている。そのために米国では、金融当局が個人投資家保護規制を徹底的に強化している。金融機関は、これらの規制対応のコスト負担を含めてビジネスが成り立つ事業モデルの改善をしていく努力を怠っていない。例えば、米国の資産運用会社は、経済状況、金利の水準など金融資産の資産運用環境を踏まえながら、顧客である各家計にとっての適切な資産配分(アセットアロケーション)を重視している。さらに、証券会社、銀行などの販売会社は、家計の資産形成の目的に合った顧客のバランスシート(貸借対照表。金融資産のほかに不動産等を含む全ての資産と負債および純資産の状態)を考慮しながら、顧客の資産を管理するためのサービス(=ウェルスマネジメント・サービス)を提供している。
 日本の金融当局は米国と同様、個人投資家保護規制強化を進めている。さらに日本政府は、ここ数年、個人投資家保護、資産所得倍増プラン、資産運用立国を政策として掲げている。これらを受けて金融機関は、日本のウェルスマネジメント市場への参入を本格化し、ウェルスマネジメント・サービスの土台となる顧客本位の営業体制の構築を目指す取り組みを進めている。しかし、依然として、家計に対して自社にとって収益性の高い運用商品を提供したり、住宅ローンを中心とする消費者ローンを提供したりすることに注力するビジネスモデルが見られる。米国と比較すれば、プロダクトアウト(販売する自社の商品優先)の戦略から抜け切れていないように見える。
 現在、日本はデフレ局面を脱し、今後も名目GDPの成長が継続すると見込まれている。このため株式市場の上昇が継続する可能性が高まっており、「貯蓄から投資へ」を定着させるチャンスを迎えている。日本の金融機関が、米国の金融機関のように、家計のバランスシートの状況分析に基づく資産配分サービスの丁寧な提供をしていくという、顧客本位のビジネスモデルへの転換がさらに進めば、日本のウェルスマネジメント市場の将来性は明るいと考えられる。当然ながら個人投資家への金融教育の普及も必要となる。これらの取り組みが本格的に進展し、個人投資家が安心して資産形成ができる土台を構築し、早めに貯蓄から投資への定着が実現できる状況になることを期待したい。

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国民一人一人の持続的な​所得向上のために

​Sing2024年10月号

株式会社大和総研

金融調査部

主席研究員

内野 逸勢 

 2024年6月に物価変動を考慮した実質賃金が、22年3月以来、初めて前年を上回った。8月6日に厚生労働省から発表された「毎月勤労統計調査 令和6年6月分結果速報」では、現金給与総額[注1]を基にした実質賃金(実質賃金指数(令和2年平均=100))は、前年同月比1.1%増と27カ月ぶりに前年を上回った。これまで名目賃金の増加は物価の上昇に追い付いておらず、労働者は賃上げの恩恵を十分に得られていなかった。しかし、その問題が解消し始めたといえよう。6月は名目賃金も高い伸びを示し、就業形態計(一般労働者とパートタイム労働者)の現金給与総額は49万8884円と、前年同月比4.5%の増加となった。30カ月連続プラスを維持している。この総額の大部分を占める「きまって支給する給与」(=賞与等を除く基本給、家族手当、超過労働手当などの「定期給与」)は、28万4342円の同2.3%増加と29 年6カ月ぶりの高い伸びとなった。うち一般労働者は66万4455円の同4.9%増、パートタイム労働者は12万1669円の同5.7%増となった。
 このように全国ベースの統計では、実質賃金がこの6月に上昇に転じたものの、地域別に細かく見れば、居住地域によって、各労働者の肌感覚には差があろう。自由に居住地域を選択できるとはいえ、職場と居住地を変えることはそう簡単ではなく、労働者一人一人が努力して、賃金を上昇させるには限界があると思われる。このため、地域の住民の賃金を含む所得向上のために取り組んでいる地方自治体の政策が、この肌感覚の差を埋める一つの鍵となる。しかし、各地域の「地方創生」などの地方活性化政策が地域経済の活性化、地域住民の一人一人の所得向上に結び付いていないケースが見られるとの指摘がある。例えば、「観光振興が成功して、観光客で賑わっているにも関わらず、地域の住民の所得が低い」「先端技術の企業誘致に成功して、順調に操業しているにも関わらず、地域の企業や住民の所得が低い」「多額の補助金・交付金等によって公的な資金が地域に流入して、住民の所得が高いにも関わらず、企業が育たず、地域の生産力が低い」などが挙げられている[注2]。
 この背景には、各地方自治体の「稼ぐ力」の強化策が、地域内の「所得の循環」を生み出し(=地域経済循環構造)、それが住民の所得向上につながっていないことがある。このため、政府は「地域経済循環構造」に地域経済を再構築する必要があるとして、15年4月21日より、「地域経済分析システム(RESAS(リーサス))」の運用を開始した[注3]。RESASは、産業構造や人口動態、人の流れなどに関する官民のいわゆるビッグデータを集約し、可視化を試みるシステムである。
 その地域経済の循環を生み出す起点は「稼ぐ力」の強化=企業収益の拡大である。それにより、地域外からの所得の流入と地域外への流出を考慮した地域全体の所得が地域内で循環し、最終的に地域住民の所得向上につながっていることが好循環とされる。稼ぐ力の強化策による企業の労働生産性の向上、輸出・移出拡大、補助金・交付金、利子・賃料収入拡大による地域外からの所得流入の拡大、その一方、光熱費等の地域外への支払いなどの縮小が必要となる。
 ただし、実際には、地域経済循環構造が、好循環となっている地方自治体と悪循環となっている地方自治体が存在する。この格差を各地方自治体が認識し、それを生み出している課題解決に向けて地道な努力を継続していくことが、地域住民一人一人、ひいては国民一人一人の所得向上の持続性を維持するために重要であろう。中長期的には、企業努力による賃金上昇には限界があるため、このような地方自治体の取り組みをこれまで以上に促進することが必要ではないか。

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忘れがちな公的年金制度の特性

​Sing2024年9月号

株式会社大和総研

金融調査部

主席研究員

内野 逸勢 

 最近、老後資金の確保がメディアで取り上げられる機会が増えている。その背景には、まず「2025年問題」がある。これは現在の人口の世代別のボリューム層である「団塊の世代」(1947年~49年生まれの世代)が、2025年に全て後期高齢者になることを指す。さらに、次のボリューム層である「団塊ジュニア世代」(1971年~74年生まれの世代)も50代となり、老後の生活の準備を意識する年齢となることが挙げられる。「令和5年版厚生労働白書」によれば、2025年には、15~64歳の生産年齢人口7310万人に対して、65歳以上の高齢人口は3653万人と推計されている。高齢者(65歳は厚生年金受給開始年齢)の生産年齢人口に対する比率は50%となり、15~64歳人口の2人に対して1人の高齢者となる。
 特にメディアで注目されてきているのが、公的年金の支給額の見通しである。7月3日に厚生労働大臣の諮問機関は「将来の公的年金の財政見通し」(財政検証)[注1]を公表した[注2]。この財政検証では、「所得代替率」という「現役男子の平均手取り収入額に対する年金額の比率」によって表される「公的年金の給付水準を示す指標」が用いられている。この指標が、次の財政検証(29年実施予定)までに50%を下回ると見込まれるか否かが重要な検証結果となる。下回れば、「給付水準調整の終了その他の措置を講ずるとともに、給付及び負担の在り方について検討を行い、所要の措置を講ずる」としている。24年度の所得代替率は61.2%[注3]と算出された。
 所得代替率の算出においては、将来の社会・経済の状況に関する一定の諸前提として、「人口の前提」「労働力の前提」「経済の前提」が置かれ、複数のケースが設定されている。一部の有識者からは、現在検討中の政策も含めて政府の推進している政策による三つの前提の実現可能性(例えば、現時点の水準とは乖離(かいり)が大きい出生率、経済成長率)と、今回の所得代替率の水準で十分な老後資金といえるかということなどに対して懸念が示されてきている。
 そのような懸念にも一理あるが、そもそもの公的年金制度の仕組みは、働く子から高齢の親への「『仕送り』を社会化したもの」という公的年金の特性を忘れてはならないであろう。つまり「仕送り」とは、現役世代が納めた保険料をその時々の高齢者の年金給付に充てる仕組み(=賦課方式)のことである。このため、将来世代の負担する保険料水準が高くなり過ぎないように配慮しなければならないことには留意する必要があろう。
 加えて、公的年金は「老後生活の基本を支える役割」を担っているという特性も認識しておく必要があるだろう。「基本を支える」以上の部分については、「老後生活の多様な希望やニーズに応える役割」を担う私的年金として企業年金(確定拠出および確定給付年金)と個人年金(iDeCo)が用意されている。さらに、24年1月からはNISA(少額投資非課税制度)の新制度が導入され、個々人の多様な目的に合わせて自助努力がしやすい資産形成の制度が拡充されている。
 政府は引き続き、所得代替率を維持する政策を推し進めていく必要はあるものの、公的年金の特性を踏まえると、今回の見通しは老後生活の基本を支える資金の目安と捉える方が健全な見方と思われるが、いかがであろうか。

(7月19日執筆)


[注1]国民年金(全国民共通の給付である基礎年金)および厚生年金(サラリーマンを対象とした報酬額に比例した給付)の財政の現況および見通し。
[注2]「令和6(2024)年財政検証結果の概要」を指す。年金制度の改正を議論する社会保障審議会の年金部会(第16回)において公表された。財政検証は、厚生年金保険法および国民年金法の規定によるものであり、04年の年金制度改正以来実施されてきて今回で5回目。少なくとも5年ごとに実施されている。
[注3] (夫婦2人の基礎年金13.4万円+夫の厚生年金9.2万円)÷(現役男子の平均手取り37.0万円)で算出。           

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「銀行の企業価値経営における『取らざるリスク』の重要性」

​Sing2024年8月号

株式会社大和総研

金融調査部

主席研究員

内野 逸勢 

 これまで銀行は、低金利下において、健全性の維持との見合いで、貸出残高を可能な限り増やしてきた。低金利下では、貸出量を増やさないと、あるいは貸出期間を長期にして金利を上げないと、それまでの金利収入を確保できなかったからである。
 この点について、日本銀行「預金・貸出関連統計」で2012年度から23年度(23年10月時点)の貸出残高の変化を確認する。銀行全体の貸出残高(年度換算の平均残高)は、419兆円から1.3倍の561兆円と大幅に増加し、それに伴い銀行のバランスシートは拡大してきた。ただし、利率別国内貸出残高を見ると、貸出金利が1%未満の貸付残高が大幅に増えた一方、1%以上の貸出残高が急減した。同期間で1%未満の残高は148兆円から403兆円と2.7倍に膨れ上がった一方、1%以上の残高は271兆円から158兆円とほぼ半減している。1%未満の残高の内訳としては、0.5%未満の貸出残高の伸びが大きく、48兆円から200兆円と約4倍の水準に達した。その一方、直近12年で2%以上の貸出残高が99兆円から33兆円と約3分の1に減少した。
 増加した貸出の貸付形態は、個人向け、法人向け融資とも貸出期間の相対的に長い証書貸付[注1]である。この点について、日本銀行が公表した23年10月の「金融システムレポート」によれば、「民間債務が増加する過程で、借⼊期間が⻑期化している」ことが背景にあり、「借⼊期間は2000年代以降のピーク圏」にあるという。つまり、法人向けの融資では「長期金利が低下した機会を捉えて、長期固定金利の安定資金を確保し、借換リスクを抑制し」、個人向けの融資では「長期・低利の変動金利借⼊によって、大口化した住宅ローンの月々の返済負担を抑制し」てきた。このため、銀行のバランスシートの運用側の大部分を占める貸出残高は拡大したものの、その特性は、利率が低い貸出残高の割合が大幅に上昇し、それらの融資期間が長期化したことで、大きく変化した。
 ただし、直近では、円貨金利の上昇、株主から銀行経営者に対する企業価値経営のプレッシャーの高まりなどにより、この傾向に変化が見られる。銀行の23年度の決算説明会資料を見ると、企業価値経営において、貸出残高を増やすことよりも、貸出の収益性の向上に焦点が当てられてきている。さらに、融資期間を長期化するとリスクの量が増えるため、信用リスク(個人・法人の債務返済ができなくなる可能性)管理を強化している。この二つに注意を払いつつ、銀行という組織の企業価値向上経営において収益性の向上を実現するために、「取るリスクと取らざるリスクの方針」を策定し、組織に浸透させることが重要となっている。これを「リスク・アペタイト・フレームワーク」と呼ぶ。
 このフレームワークの導入によって、銀行の新たな経営課題が明確になってきている。銀行は、前述したように過去10年以上、貸出残高=「信用リスクの量」を追い求めてきたが、現在では「取らざるリスク」をいかに見極めることができるかという課題に直面している。加えて、取るべき信用リスクをある時点で見極めたとしても、金利および景気変動などにより、将来的に貸出先の信用リスクが顕在化した場合に、対応できるためのリスク管理の強化・高度化が必要となっている。
 ただし、このフレームワークがあれば、中長期的な収益目標と実績とのギャップが生じた場合に、その原因を特定し、「取るリスクと取らざるリスクの方針」を見直すことで、経営のレジリエンス(一般的には回復力の意味。ここでは事業運営において予想外の問題や変化に対して柔軟に対応できる能力)を改善できるといわれている。今後は、事業会社においても中長期的に経営のレジリエンスが試されるため、銀行の前記のような取り組みは、事業会社においても参考になろう。           

  (6月20日執筆)

 

[注1]金融機関が融資するに当たって、借主から借用証書を差し入れさせて行う貸付を指す。

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「生成AIは『当意即妙』と『杓子定規』の掛け合わせ?」

​Sing2024年7月号

株式会社大和総研

金融調査部

主席研究員

内野 逸勢 

 当意即妙と臨機応変は似て非なるものだ。当意即妙は、意を得る(当意)ことが即ち妙(不思議なくらい優れている)と読むことができる。その意味は、さまざまな状況に出くわしたときに、即興で非常に気の利いた言動ができることとなろう。それに対し、臨機応変は、機に臨み(臨機)、変に応ず(応変)と読むことができる。これを解釈すれば、さまざまな機会や危機に自ら対峙(たいじ)し、環境の変化に応じて適切な手段を講じ、機会を生かす、危機に対応するという意味となる。まとめれば、当意即妙の本質は、「気の利いた言動」という瞬間的な対応であり、臨機応変は時間をかけた考察や経験に即して「適切な手段を講じる」という対応となる。
 この両者の違いを踏まえた上で、気になることがある。国会議員の国会での答弁において、時間をかけて適切な処置を施さなければならない政策課題に、当意即妙に対応することが最近あまりにも目立つ。当意即妙が悪いといっているわけではない。ただし、主張する政策課題の本質まで時間をかけて深掘りできず、瞬間的な気の利いた言動で済ませるという表面だけの対応にとどまるものが多いと感じる。このため、追及する側である国会議員、あるいはそれを報道するメディアも質問が当意即妙となり、うわべだけの質疑応答となる。加えて、このような当意即妙を良しとする風潮も強まっているようだ。
 当意即妙と臨機応変の共通の特性である「置かれる状況・変化への機敏・適切な対応」の反義語が、杓子(しゃくし)定規である。杓子定規とは、融通の利かない画一的な対応との意味となる。前記の国会議員の答弁に当てはめれば、簡単に思い浮かぶ光景である。このように、当意即妙と杓子定規の政治家の答弁が目立つ。このため、例えば、最も重要な政策議論において、問題解決の本質に迫るような臨機応変にたどり着かないことが多くなっている。
 ちなみに当意即妙は、非常に著名な芸術家である北大路魯山人が好きな言葉であるといわれている。魯山人は、「芸術は計画とか作為を持たないもの、刻々に生まれ出てくるものである。言葉を換えて言うなら、当意即妙の連続である」[注1]という名言を残している。芸術では、本質の追求のために、杓子定規ではなく、自由に己の芸術の意味するところを過剰に追究することが必要となるのは、魯山人の名言で理解できる。しかし、芸術以外、少なくとも政治家の政策議論では、主張する政策に「計画と作為」があってしかるべきもので、当然、「問題」が刻々と生まれ出てきてはならない。当意即妙ではなく、臨機応変であるべきだ。
 ところで、生成AIは、瞬時に無数のデータを組み合わせて、瞬時に課題に対する答えを形にしているので、当意即妙の特性を持つと考えることができる。その半面、アルゴリズムを活用して画一的に質問に対応していくため、杓子定規という特性を併せ持っているともいえる。とすれば臨機応変の特性はなく、課題解決のための本質的な対応と適切な処理には結び付いていないのが、現在の生成AIといえよう。課題解決過程では、生成AIのデータを大量に処理できる瞬発力が必要であるケースもあろうが、人間が真摯(しんし)かつ着実に問題に取り組むことが、臨機応変による変化に応じた適切な処置を施すことにつながるのでなかろうか。
 ただし、人間の脳が、この処理能力が速くなると同時にますます正確になる生成AIに慣れ、依存度が高まってきた場合にどうなるのであろうか。人間の脳は、生成AIが出してきた答えを解釈せずに共感し、本質を見抜く力を失っている可能性がある。そうなると、臨機応変という言葉自体が意味を失うこととなろう。人間の脳は、行間を読まずに、生成AIが表現している"ママ"をただ受け取る"受信機"と同じ機能しか持たなくなる。生成AIが出した"答え"らしきものを、解釈しないまま、そのまま表現することとなるため、コミュニケーションは必然的にうわべだけとなろう。高速処理力、瞬発力だけが優先され、正しく考える時間が限りなく少なくなってくる社会は必要なのだろうかと、考えさせられてしまう。このような社会にならないために、人間の脳が、"臨機応変型"を維持できるような社会の仕組みが必要であろう。

(5月20日執筆)

[注1]北大路魯山人著、平野雅章編集「魯山人陶説」中公文庫、中央公論新社

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「価格に見合う価値の提供はできているか」

​Sing2024年6月号

株式会社大和総研

金融調査部

主席研究員

内野 逸勢 

    企業にとって「適正な価格で誰に何を売るか」は、最大の経営課題の一つといえよう。例えば、現在のようなインフレ局面では、これまでと比べて、上昇している人件費、原材料などのコストを販売価格に転嫁することが相対的には容易だ。その半面、値上げ前提で販売価格を決めることが常態化すると、コスト管理が緩みやすくなり、企業に有利な価格設定の裁量が大きくなる。この結果、消費者のニーズとは何かの見極めが甘くなり、商品・サービスの価値に比べて販売価格が割高だと、ターゲットである顧客層に判断されてしまう可能性を否定できない。

 それを回避するためには、提供する商品・サービスが「価格に見合う価値」をターゲット顧客に提供しているか、常に見極めて経営することが重要となる。他社を圧倒し市場を独占するほど自社の商品・サービスの競争優位を築けていればいいが、差別化が難しい商品・サービスの市場では、「価格に見合う価値」を常に追求することが自社の競争力を維持するために必須となる。金融機関が提供する商品・サービスは、まさにこの差別化が難しい商品・サービスに該当する。このため、「価格に見合う価値」を提供できるかが、今後、金融機関の競争力を左右する。

 近年、欧州の金融規制当局は、金融機関がターゲット顧客の「価格に見合う価値」を追求しているかを監視する姿勢を強めており、金融機関はこの規制当局の姿勢への対応に本格的に取り組むことで、競争力の維持を目指している。その証拠に、3月に現地にて欧州の資産運用会社と中長期の戦略について意見交換をした際、自社の金融商品・サービスの「価格に見合う価値」=「バリュー・フォー・マネー」が議論の中心となった。

 その背景には、2008年のリーマン・ショックを発端とする金融危機を通じて金融・資本市場への信頼が大幅に損なわれて以来、欧州の金融業界で消費者保護規制が強化されてきた流れがある。その中心に位置するのが第2次金融商品市場指令(MiFID2)である。この規制では、資産運用商品を組成・販売・管理する資産運用会社は、「家計の安定的な資産形成の実現のため、資産運用会社等の金融商品の組成者においては、顧客の最善の利益にかなった商品提供を確保するための枠組み[注1]」(=プロダクトガバナンス)の構築が必須となっている。これにより、資産運用商品のライフサイクルの全ての段階で顧客の最善の利益に応じる活動をしているかを組織として明示する義務が生じている。ここでの「全ての段階」とは、金融商品を組成する資産運用会社だけではなく、それを販売する販売会社の勧誘、契約、販売後のアフターケアなどの活動が含まれている。

 このプロダクトガバナンスの中では、当然ながら金融機関は「マネー」よりも「バリュー」を追求することが優先される。その中心にあるのが、「バリュー・プロポジション」という考え方である。これは、自社の商品・サービスが持つ独自の価値(=バリュー)を顧客目線に立って定義して、顧客に提案(=プロポジション)することが必要となる。これにより、「これまで認識していた価値」と、「顧客目線の価値」のギャップを明確化でき、それを提供する仕組みを再構築するための準備が整う。多種多様な商品・サービスを提供し、それらが乱立している中から顧客に自社の商品・サービスを選択してもらうためには、自社特有の価値を継続的に顧客目線で見直し、顧客のニーズに適合させる必要がある。このプロセスがないまま競合他社との差別化を図ると、顧客がその金融機関の商品・サービスの価値を見いだせなくなり、差別化の取り組みが無駄となる可能性が高い。顧客のニーズに適合させること自体が前述の「バリュー・フォー・マネー」の「バリュー」ではなかろうか。そのためには、多種多様な顧客のニーズを知る必要があり、組織的な顧客のデータ収集能力、それに基づく顧客の特性・ニーズを分析するプロファイリング能力、そして、顧客のニーズに合わせて商品・サービスをマッチさせるパーソナライゼーション能力が必要となる。この3要素が商品・サービスの中長期の価値を維持していく源泉であろう。

 ただし、「バリュー」を実現する仕組みだけでは収益性は確保できない。いくら高いバリューを追求しても、コストが高くては採算割れになる。これに対応するためには、結局「誰に売るか」というターゲット顧客を見極める力が、競争優位を維持する決め手となろう。これは金融機関に限らず企業においても規模の大小を問わず、同様のことがいえるのではないか。

(4月12日執筆)

[注1]金融審議会「市場制度ワーキング・グループ」(第25回)・「資産運用に関するタスクフォース」(第4回)合同会合 議事録:金融庁 (fsa.go.jp)

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「物価上昇に負けない持続的な賃上げの必要性」

​Sing2024年5月号

株式会社大和総研

金融調査部

主席研究員

内野 逸勢 

企業にとって「適正な価格で誰に何を売るか」は、最大の経営課題の一つといえよう。例えば、現在のようなインフレ局面では、これまでと比べて、上昇している人件費、原材料などのコストを販売価格に転嫁することが相対的には容易だ。その半面、値上げ前提で販売価格を決めることが常態化すると、コスト管理が緩みやすくなり、企業に有利な価格設定の裁量が大きくなる。この結果、消費者のニーズとは何かの見極めが甘くなり、商品・サービスの価値に比べて販売価格が割高だと、ターゲットである顧客層に判断されてしまう可能性を否定できない。

 それを回避するためには、提供する商品・サービスが「価格に見合う価値」をターゲット顧客に提供しているか、常に見極めて経営することが重要となる。他社を圧倒し市場を独占するほど自社の商品・サービスの競争優位を築けていればいいが、差別化が難しい商品・サービスの市場では、「価格に見合う価値」を常に追求することが自社の競争力を維持するために必須となる。金融機関が提供する商品・サービスは、まさにこの差別化が難しい商品・サービスに該当する。このため、「価格に見合う価値」を提供できるかが、今後、金融機関の競争力を左右する。

 近年、欧州の金融規制当局は、金融機関がターゲット顧客の「価格に見合う価値」を追求しているかを監視する姿勢を強めており、金融機関はこの規制当局の姿勢への対応に本格的に取り組むことで、競争力の維持を目指している。その証拠に、3月に現地にて欧州の資産運用会社と中長期の戦略について意見交換をした際、自社の金融商品・サービスの「価格に見合う価値」=「バリュー・フォー・マネー」が議論の中心となった。

 その背景には、2008年のリーマン・ショックを発端とする金融危機を通じて金融・資本市場への信頼が大幅に損なわれて以来、欧州の金融業界で消費者保護規制が強化されてきた流れがある。その中心に位置するのが第2次金融商品市場指令(MiFID2)である。この規制では、資産運用商品を組成・販売・管理する資産運用会社は、「家計の安定的な資産形成の実現のため、資産運用会社等の金融商品の組成者においては、顧客の最善の利益にかなった商品提供を確保するための枠組み[注1]」(=プロダクトガバナンス)の構築が必須となっている。これにより、資産運用商品のライフサイクルの全ての段階で顧客の最善の利益に応じる活動をしているかを組織として明示する義務が生じている。ここでの「全ての段階」とは、金融商品を組成する資産運用会社だけではなく、それを販売する販売会社の勧誘、契約、販売後のアフターケアなどの活動が含まれている。

 このプロダクトガバナンスの中では、当然ながら金融機関は「マネー」よりも「バリュー」を追求することが優先される。その中心にあるのが、「バリュー・プロポジション」という考え方である。これは、自社の商品・サービスが持つ独自の価値(=バリュー)を顧客目線に立って定義して、顧客に提案(=プロポジション)することが必要となる。これにより、「これまで認識していた価値」と、「顧客目線の価値」のギャップを明確化でき、それを提供する仕組みを再構築するための準備が整う。多種多様な商品・サービスを提供し、それらが乱立している中から顧客に自社の商品・サービスを選択してもらうためには、自社特有の価値を継続的に顧客目線で見直し、顧客のニーズに適合させる必要がある。このプロセスがないまま競合他社との差別化を図ると、顧客がその金融機関の商品・サービスの価値を見いだせなくなり、差別化の取り組みが無駄となる可能性が高い。顧客のニーズに適合させること自体が前述の「バリュー・フォー・マネー」の「バリュー」ではなかろうか。そのためには、多種多様な顧客のニーズを知る必要があり、組織的な顧客のデータ収集能力、それに基づく顧客の特性・ニーズを分析するプロファイリング能力、そして、顧客のニーズに合わせて商品・サービスをマッチさせるパーソナライゼーション能力が必要となる。この3要素が商品・サービスの中長期の価値を維持していく源泉であろう。

 ただし、「バリュー」を実現する仕組みだけでは収益性は確保できない。いくら高いバリューを追求しても、コストが高くては採算割れになる。これに対応するためには、結局「誰に売るか」というターゲット顧客を見極める力が、競争優位を維持する決め手となろう。これは金融機関に限らず企業においても規模の大小を問わず、同様のことがいえるのではないか。

(4月12日執筆)

[注1]金融審議会「市場制度ワーキング・グループ」(第25回)・「資産運用に関するタスクフォース」(第4回)合同会合 議事録:金融庁 (fsa.go.jp)

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「水準の低さが目立つ世界経済と世界貿易の直近の平均成長率」

​Sing2024年4月号

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主席研究員

内野 逸勢 

 世界銀行は、1月の「世界経済見通し」において、「世界経済の成長率は2024年末までに、5年間のGDP成長率が過去30年で最低の水準になる」とした[注1]。「2023年の2.6%から2024年は2.4%と3年連続で鈍化し、2010年代の平均をほぼ0.75%ポイント下回る」との見通しを示している。他方、1年前より唯一好転しているポイントとして「主に好調な米国経済により世界同時不況のリスクが後退した点」を挙げている。それ以外の経済指標には「地政学的緊張の高まり」が影を落としてきているとした。特に、世界銀行は「大半の主要国における成長鈍化」とともに、「世界貿易の低迷」を挙げており、「2024年の世界貿易の成長率は、コロナ前の10年間の平均と比べ、その半分にとどまる」との見通しを示している。

 この点について、23年10月に世界貿易機関(WTO)[注2]は、23年の世界の商品貿易額の伸び率(貿易成長率)の見通しを、前回(同年4月)の1.7%の半分以下の0.8%に下方修正した。その一方、24年の前回見通し(3.2%)に対し、今回は3.3%と下方修正こそしていないが、同時にグローバル・サプライチェーンの分断化の兆候が見られるとし、世界貿易の構造的な変化に対する懸念を示している。その根拠として、例えば、世界貿易に占める中間財の割合というグローバル・サプライチェーンの活動量を示す指標の過去3年間の平均51.0%が、23年上半期には48.5%に低下したことを指摘している。24年世界経済の成長率は、過去の景気循環のセオリー(インフレが落ち着き、金利が低下し始めると貿易成長率が安定すること)通りであれば、23年対比で貿易成長率の伸びが回復することで鈍化は懸念されるものの、緩やかに上昇する見通しである。

 貿易成長率の回復が想定通りとならないリスクとしては、グローバル・サプライチェーンの分断による保護主義(自国産業の保護などを目的に、自由貿易に反対し、関税や輸入制限などの保護貿易政策を採用する主義)の台頭が考えられる。さらにその先にある、広範な脱グローバリゼーションの実現という大国の孤立主義(他国との同盟関係や国際組織への加入を避け、独立した外交政策を維持する主義)への転換の可能性という大きなリスクも考慮していく必要があろう。24年は世界的な「選挙イヤー」と呼ばれている。中でも、11月に予定されている米国の大統領選挙と下院選挙、6月の欧州議会選挙などの結果による保護主義の台頭の懸念などを踏まえて、世界の貿易成長率を見通しておく必要があるだろう。

 WTOのンゴジ・オコンジョ・イウェアラ事務局長は「世界経済の分断はこれらの課題(貿易の減速は、世界中の人々の生活水準に悪影響)を悪化させるだけであり、WTO加盟国は、保護主義を回避し、より強靭(きょうじん)で包摂的な世界経済を育成することにより、グローバルな貿易の枠組みを強化する機会を捉えなければならない」と強調している。紛争解決能力の再構築などに取り組みながらWTOの枠組みを維持し、グローバル規制下でのグローバル貿易の自由主義を守っていくことが必要である。しかし、その基盤となる国際協調を重んじる規範の共有が難しくなっている。この部分において、保護主義、孤立主義を強める国々の大幅な民意の軌道修正がなされない限り、20年代は世界貿易成長による世界経済の成長の機会を生かせなかった10年として語り継がれることになるかもしれない。

(2月20日執筆)

[注1]世界銀行「世界経済、過去30年で最低の水準へ」2024年1月9日

https://www.worldbank.org/ja/news/press-release/2024/01/09/global-economic-prospects-january-2024-press-release

[注2]世界貿易機関「世界貿易の見通しと統計 - 更新:2023年10月」2023年10月5日   https://www.wto.org/english/res_e/booksp_e/gtos_updt_oct23_e.pdf

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