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１　従業員の不法行為責任と雇用先の使用者責任

　従業員が通勤途中に交通事故を起こした場合、従業員個人が不法行為責任を負うことは明らかです。これは民法第709条に基づく不法行為責任となります。

　また、従業員が営業車で業務中に交通事故を起こした場合、雇用者である勤務先も使用者責任を負うことになります。

　設問のケースは、通勤中の交通事故であり、このような場合にも雇用者である勤務先が使用者責任を負うのかということが問題となります。

 

２　使用者責任について（民法第715条）

　使用者責任とは、被用者（民法では従業員のことを「被用者」といいます。以下では、従業員を「被用者」といいます。）が勤務先である使用者（民法では勤務先のことを「使用者」といいます。以下では、勤務先を「使用者」といいます。）の事業の執行について第三者に加えた損害については、使用者として賠償すべき責任があるというものです（民法第715条）。

　この使用者責任により、被用者による業務中の交通事故は、被用者個人の不法行為責任と共に、使用者にも使用者責任が発生し、損害を賠償すべき責任が発生します。

　マイカーによる通勤行為は、使用者の事業を執行する行為とはいえないため、マイカー通勤中の事故による損害については、基本的には使用者責任は発生しないと考えられています。これは通勤が被用者の私生活上の所産であり、通勤途上は、被用者は未だ業務を遂行しているものではなく、使用者の拘束を離れた自由な行動の場におけるものであるとされるからです。

　ただし、使用者が、被用者に対し、自動車の通勤使用を命令・助長するなどの自家用車による通勤と使用者の業務との間に強い関連性が認められるような特段の事情がある場合には、使用者責任が認められることがあります（この点について言及したものとして、神戸地判平成10年５月21日交民31巻３号709頁）。

　この神戸地判のケースでは、①使用者から勤務場所とは異なる集合場所を指定され、その途中で起きた事故であること、②朝早い時間帯のため集合場所へ公共交通機関を利用することが不可能であったこと、③被用者は自家用車を使用して集合場所に向かうよう使用者による具体的指示に従っていたこと、④集合後、被用者は直ちに業務に就く予定であったこと等から、上記特段の事情があるとして使用者責任が認められました。

　使用者責任が認められるか否かについては、このように使用者からの自動車の通勤使用を命令・助長するような状況があったかが重要となります。

 

３　運行供用者責任について（自動車損害賠償保障法第３条）

(1) 運行供用者責任について

　被用者が通勤中に交通事故を引き起こした場合に、使用者には、使用者責任とは別に運行供用者責任が発生する可能性があります。このため、理論的には、使用者責任が否定されたとしても、運行供用者責任が肯定されれば、使用者は損害賠償の責めを負うことになります（ただし、後述するように使用者責任が認められるケースと運行供用者責任が認められるケースは重複するように思われます。）。

(2) 運行支配と運行利益

　運行供用者とは、自己のために自動車を運行の用に供する者をいいます（自動車損害賠償保障法第３条）。

　自己のために自動車を運行の用に供する者（運行供用者）とは、①その自動車の使用について支配し（運行支配）、②その使用により享受する利益（運行利益）が自己に帰属する者をいうとされています。

　使用者がこの運行供用者にあたる場合には、使用者は運行供用者責任を負うことになります。

(3) マイカー通勤中の交通事故

　使用者責任の場合と同じく、被用者によるマイカー通勤途中の人身事故（自賠責では人身事故のみが対象となり、物損事故では自賠責の対象とはなりません。）については、単に通勤のためのみに利用されていた場合には、使用者が運行供用者責任を負うことはないとされています。

　しかし、業務形態、車両の保管状況、駐車場の提供や諸経費の負担、事故時の運転と業務の関連性、使用者によるマイカー利用の禁止の有無等から、使用者に運行支配、運行利益が認められれば、使用者の運行供用者責任が認められることがあります（運行供用者責任を認めたものとして、最一小判昭和52年12月22日判時878号60頁）。

　この最高裁判決のケースは、①会社の営業所に属する内線工の大半は単車等の自家用車を有して通勤のために使用していたこと、②上司の指示で自宅から工事現場への往復にも自家用車を利用していたこと、③この際自家用車を持たない同僚を乗車させることも多かったこと、④会社はこのような利用を承認して走行距離に応じたガソリン手当及び損料の趣旨で単車手当を支給していたこと等を、運行供用者として認めることの理由として挙げています。

　このように、運行供用者責任の場合も、使用者の命令や助長がポイントになっており、使用者責任と運行供用者責任が認められる場合は重複するように思われます。

 

４　設問の回答

　貴社がマイカー通勤を禁止しているにも関わらず、マイカーによる通勤を黙認するような状態でなければ、基本的には貴社が損害賠償責任を負う可能性はないものと思われます。ただし、貴社が、被用者によるマイカー通勤を認めている等の事情があれば、貴社も損害賠償責任が認められる可能性があります。

 

ＰＯＩＮＴ

◆マイカー通勤中の事故については、基本的には勤務先が損害賠償責任を負うことはない。

◆勤務先が従業員のマイカー通勤を認めている等の事情があれば、勤務先も損害賠償責任を負う可能性がある。